不登校の気持ち

2/6毎日新聞「きっと、だいじょうぶ。」(NPOフリースペースたまりば理事長さんのコラム)。
小中学校にほとんど行ってなくても高校辺りから通えるようになる子が増えている、とコラムにはあり、小学校 3年生から不登校してた男の子の話が載っていた。彼はここのNPOと関わって、ゆっくり自分育てをして行ったそうな。ゆっくりゆっくり。バイトを始め、定時制の高校を選び、バイトのない日はフリースペースで音楽のセッションを通して人と関わり。
不登校がなんだったのか、いまだにわかりません。不登校を"乗り越えた"と言う感覚ではなくて、フリースペースを中心に出会いが広がっていって、いま、ぼくは幸せなんです」
「フリースペースでの日々は、特になんということもない日常の暮らし。その時間の中で「根拠のない自信」が作られていったのだ」と語る。

きっとそうなんだろうな、と思う。
学生時代、家庭教師で一人の不登校の女の子と2年ほど付き合った。出会った当時小6だった彼女は普通の女の子で、なんで学校に行けないのか自分でも良く分からなそうな感じだった。いつもちょっと眠そうだったけれどよく喋るし、勉強もそれほど好きではないけれどがんばる。友だちがウチに遊びにくれば一緒に楽しく遊ぶと言う。
でも彼女は「どうして学校に毎日行かなくちゃいけないのかな?」と言う根源的な疑問を抱えていて、6年はほぼ通わずに卒業。中学も1年ほぼ行かず、週に2回夕方に私と会う時は「勉強、もうここまで進んでるって言われたからやらなくちゃ」と勉強するけれど、学校に行く気力は出ないまま。
彼女のママが大英断で中2の夏にアメリカの全寮制の学校に入れて、そこで彼女はこの「根拠のない自信」を手に入れたんだと思う。1年くらいは音沙汰がなかったが、急に届いた手紙と写真が生き生きしてて、そしてちゃんと向こうの学校を卒業して帰ってきた彼女は、いまやちゃんとした社会人で二人の子どものママ。かわいい子どもたちの年賀状を毎年送ってきてくれる。

特に義務教育の時期、学校に通っていない子どもを見続ける事は親にとってとてもツライ事だと思う。
けれど全ての子どもが同じスピードで育つはずはないし、ゆっくりでもちゃんと育つ子は絶対いる、と、新聞の記事を読んで強く思った。